読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Rin'sPage 函館&佐藤泰志

2002年佐藤泰志を知るも本が絶版で、2005年まで函館に通い佐藤泰志探求をした*りん* (東京在住)のブログ。更新情報はツイッター @rinspage1 にUPします。

佐藤泰志が描く出会いは素晴らしい!根底にある思い出

佐藤泰志の小説は、出会いをとても大切に描いています。今回は、さりげない出会いが彼の心に深く影響を与えた事を綴っている、エッセイの一部をご紹介します。

 

佐藤泰志國學院大學を1974年に卒業。母校の広報誌1990年10月 「滴」8号に「卒業式の思い出」というエッセイを寄せています。(ジライヤ第6号に掲載有) 卒業式には出席せず、卒業証書だけを取りに行った際の職員について書かれています。

 

「鮮明に覚えているのはそのあとで、私が礼をいって学生課を出ようとした時だ。まあ、待ちなさい、と私はその職員に呼びとめられた。振り返ると、その人は一升瓶と大きなコップを学生課のカウンターに置いて、お祝いに一杯飲んで行きなさい、とおっしゃられた。(中略)  職員はなみなみと酒を注いでくれ、私は飲めない酒を、ふたくちかみくちほどぐいぐい飲んでしまった。職員はそんな私を微笑んで見ておられ、カウンターにコップを戻した私は深々と頭を下げた。『卒業、おめでとう』とその職員はいわれた。」

 

「その後、一人前に酒を飲むようになったが、卒業式のあの一杯ほど、おいしく酒を飲んだことはいまだ一度もないし、学生課のあの職員の『卒業、おめでとう』という暖かいねぎらいの言葉は、心の中に深く根をおろしている。(中略)あの学生課での出来事がなかったら、作家になろうなどという、若く無謀な志を、私は持続できたろうか。そう考えることもできる、みずみずしい思い出の光景なのだ。」

エッセイ 「卒業式の思い出」から引用

 

職員の何気ない誘い、さりげない優しさが、彼に深く影響を与えた事が書かれており、私はこのエッセイを見て、様々な作品で描かれる出会いや、急速に加速していく関係性を描く根底に、この思い出があるのかも?と感じました。

 

 f:id:rinspage:20161011134035j:plain

映画 そこのみにて光輝く ロケ地 十字街

 

小説「そこのみにて光輝く」での達夫と拓児のパチンコ屋での出会いも、ライターをあげるというさりげない事ですが、これをきっかけに千夏とも出会い、加速度を付けて達夫の人生が動いていきます。また「そこのみにて光輝く」の続編「滴る陽のしずくにも」のキーパーソン、松本という男について、下記の記述があります。

「松本は単刀直入で、自信に満ち、人の心に変化を与える力を持っている」

(「滴る陽のしずくにも」から引用)

 

小説オーバーフェンスでも、白岩とさとしが出会い、一晩で急速に関係が深まる様子が、佐藤泰志ならではの端的な文章で書かれています。 

 

多くの友人の話から考えると、佐藤泰志自身は口下手で不器用だったようですが、きっと酒をふるまった職員など、すっと心に入り込む人に彼は大きな魅力を感じていたのでしょうね。彼自身が憧れる魅力的な人や出会いを、小説の中では饒舌に描いたように思います。

 

エッセイを読むと小説とシンクロする部分が多く、彼が何を考えて書いたか、深く考察する事ができます。「卒業式の思い出」が掲載されているジライヤなど同人誌は入手困難ですが、クレイン社「佐藤泰志作品集」河出書房新社佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家 」は現在入手可能。多彩なエッセイや心のこもった追悼文が読めるのでお勧めです。

ちなみに私、度々本の紹介をしますが、出版社の回し者ではありません(笑)私が佐藤泰志を知った頃は全て絶版で、古本屋と図書館を駆けずり回っていたので、本屋で入手できるようになった今、多くの人が彼の作品を読むといいな!と思って紹介しております。 

ディープ函館 笹流ダム&海炭市叙景の川は亀田川!?

 

 

佐藤泰志の小説、海炭市叙景に「押切川」がでてきます。

 

街をまっぷたつに引き裂くように流れている押切川の橋のひとつを渡り、(第一章「裂けた爪」から引用)

「あの川のことだけど」(中略)「押切川よ」「あんなドブ川がどうかしたのか」「十五、六年前にはずいぶん魚が棲んでいたそうだよ。(第一章「一滴のあこがれ」から引用)

 

f:id:rinspage:20160929125834j:plain

私はこの押切川=亀田川 だと思います。函館文学館で見た、佐藤泰志 手書きの海炭市叙景の地図でも、亀田川の位置に押切川と書かれていました。亀田川で街が二つ分かれて、最後は津軽海峡大森浜)に注ぎます。

 f:id:rinspage:20161006123545j:plain

「奥さんは押切川の市場まで買い物に行きましたけど」(第一章「裂けた爪」から引用)

 

f:id:rinspage:20161006123806j:plain

この市場は中島廉売?と思います。中島廉売は大きな市場で、2004年に散歩した時、古く個性豊かな店が多く、地元の方の生活を垣間見れました。

亀田川は函館の歴史的にも大変重要な川。物語ができた頃はゴミが散乱し水質が悪かったようですが、2012年にはサケが遡上したという記事を見付けました。↓かなり水質改善したのですね。

「亀田川にサケ遡上 」2012/10/18 函館新聞社/eHAKO函館地域ニュースアーカイブ :-)

 

海炭市叙景は架空の地方都市が舞台ですが、この場所は函館のここかも!とあてはめながら街歩きをするのも楽しいです。

 

*******************************************

亀田川を地図でたどっていくと、上流に笹流ダムがあります。

 f:id:rinspage:20161005133220j:plain

笹流ダム近くを流れる亀田川

 

rinspage.hatenablog.com

辻仁成の本を以前紹介しましたが、エッセイ「函館物語」で彼のお気に入りの場所と掲載があり、2003年に行きました。エメラルドグリーンに輝く水面が美しく、ダムのデザインも素敵です。

 

rinspage.hatenablog.com

↑ 笹流れダムの紅葉は以前紹介しましたが、ここは桜も綺麗。

f:id:rinspage:20161005131656j:plain

f:id:rinspage:20161005131750j:plain

f:id:rinspage:20161005131821j:plain

f:id:rinspage:20161005131918j:plain

ダムの上に登り、水面を見つめました。車で函館駅から30分程なので、ドライブの際、ぜひ出かけてみてはいかがでしょう!

注意:最近の情報を見るとクマ出没や蜂で閉鎖されている時もあるようです。

オーバーフェンス以外の 職業訓練の物語 (海炭市叙景)

佐藤泰志は32歳の頃、東京から故郷函館に戻り、職業訓練校にて大工になるための訓練をしています。この体験が小説「オーバーフェンス」のモチーフとなり、映画では訓練校の個性豊かな人々を活き活きと描いていました。客席からどっと笑いが起こるユニークなシーンもあり、心が和みました。

 

実は他にも訓練校の人を主人公にした作品があります。今日は訓練校に通う初老の男の物語、海炭市叙景 第二章「まっとうな男」をご紹介します。(青字は「まっとうな男」より引用)

 

寛二が籍を置く建築科では、一九三七年生れの彼が一番の年長者だった。(中略)口うるさい舎監でさえ、彼より十四歳も齢下だ。

 

JRの駅で四つめの、人口一万人の矢不来(やぶらい)の町まで、あと一時間もすれば着くだろう。

 

f:id:rinspage:20161005150433j:plain

この物語を読み、2003年車で矢不来を通ってみました。

 f:id:rinspage:20161005144832j:plain

海炭市叙景は架空の地方都市が舞台ですが、時々実在の地名がでてきます。矢不来は函館駅から車で40分ほどの小さな町。JRの駅はなく、函館駅へバスはありますが一日にほんの数本のようです。

 

矢不来から海越しに函館山が見えます

(この後ネタバレ含 未読の人は注意!)

f:id:rinspage:20161005150653j:plain

 

矢不来へ戻れば戻ったで、職業はなく、仕方なく海炭市の外れにある職業訓練校に入った。週に一度、はめを外しに矢不来に帰るのだ。

 

男は矢不来に帰る途中、飲酒運転で捕まり、警官の理解できない理屈を話し始めます。自分を「まっとうな男」と思っていたのは彼自身だけで、周りは誰も彼をまっとうとは思っていない事が、暴かれていきます。

 

映画オーバーフェンスでも白岩が

「俺はさ・・・普通に働いて、普通に結婚して、子供つくって・・・そういう人間だと思ってたんだけど・・・ぜんぜん違ったんだよ」

と言っていました。(シナリオから引用)

どちらの作品からも、普通って何?というメッセージと、訓練校というコミュニティの中で、様々な年代の人を丁寧に見つめていた、佐藤泰志の鋭くも優しい観察眼を感じました。

****************************************

矢不来から車で15分程走ると「トラピスト修道院」があります。

 

f:id:rinspage:20161005155050j:plain

ポプラ並木が見事。紅葉したら綺麗でしょうね。

f:id:rinspage:20161005155111j:plain

2003年冬に訪れた時は美しい銀世界が広がっていました。売店のソフトクリームは濃厚で美味しい!今も販売しているようです。

 

函館からトラピスト修道院へ行く途中に矢不来はあります。矢不来に何があるという訳ではありませんが、海炭市叙景を読んで「ここが矢不来かぁ」と思いをはせながら、絶景228号線を海沿いドライブしてはいかがでしょう。

福間健二氏 渾身の作「佐藤泰志 そこに彼はいた」 を読んだ

 

福間健二氏が書いた佐藤泰志 そこに彼はいた」を読み終えました。400頁を超える力作で、あまりにも深い内容でした。今日はこの本を読み、感じたことを書きます。青字は全てこの本からの引用です。

 

*************************************

佐藤泰志について一冊の本を書く。何度やってもうまく行かず、途中で投げ出してきた。

 

上記は本のあとがきに書かれた文だ。福間氏は、投げ出しながらも、最後までやり遂げた。どれだけの苦しみが伴ったか、思い出したくない悲しみを掘り起こす作業に途方にくれた日もあっただろう、日々に忙殺され情熱が失せた事もあるだろう、しかし、何度も心を奮い立たせ本を完成させたことに、まず拍手を送りたい。

 

佐藤泰志の死後、長い時間を経た後の出版だが、福間氏は彼を早世の作家として美化していない。未刊行の作品含む全作を丹念に読み、どうやっても言い分が見いだせない作品が一作だけあることや、男としての彼のズルさを見たことも書いている。また福間氏自身の失敗・後悔も綴っている。この正直さに私は好感を覚えた。

 

佐藤泰志は閃光の走るような速さで私の心をつかんだのだ。

 

絶交期間も含めて、私たちはずっと友だちだったと思う。とくにこの再会直後の時期は、よく会い、連絡しあい、いつでも相手がいま何をしているか知っているほどだった。

 

佐藤泰志に絶交癖があった事は有名だが、福間氏も五年もの長く辛い絶交を経験している。この本では絶交にいたる経緯が書かれており、どのような心の動きで佐藤泰志が絶交を決意するのか、垣間見れた気がした。それにしても、この二人の惹かれあい方は尋常ではない。絶交期間もお互いが思いあっているように感じる。ここまでの友人関係を築けることを、私はうらやましく思う。

 

世の中も人とのつきあいも、曖昧にしておいた方が楽なことがほとんどだが、曖昧を放置できない佐藤泰志とのつきあいは、神経をすり減らすことが多かったろうと思う。しかし、楽しかったことも綴られている。

 

佐藤泰志はマンガが好きで、ときどきマンガの人物みたいになった。機嫌のいいときだ。存在としての危うさを一気に逆転するような、そのユーモアに接して、涙がでるほと笑ったこともある。

 

佐藤泰志作品を読むだけでは、知ることのできない、彼の明るい一面を、この本から知ることができた。マンガの人物のようなユーモア溢れる佐藤泰志を、見てみたかったと思うが、きっと本当に心を許した友人にしか見せない一面で、映像でも残ってはいないだろう。

 

悪魔の手を借りても佐藤泰志という宿題を卒業したいと思ってきた。そういう二十四年だったかもしれない。卒業はまだできていない。できなくていいのだ。

 

あとがきはこの文で終わる。この本がでてから二年。現在公開中の映画オーバーフェンスのパンフレットにも福間氏は「人間佐藤泰志」を書いている。力作を完成させても、佐藤泰志から卒業せず、伝え続ける姿勢に頭が下がる。

*************************************

「夢見る力」 佐藤泰志と競馬 家族への思い

今日は、小説とエッセイふたつ同じタイトルの「夢見る力」のことや、佐藤泰志と競馬について書きます。

 

「今、競馬は首都でおこなわれているのだ。そのあいだ海炭市の競馬場は、場外馬券売場になる。(中略)さっき首都からきた飛行機が、海峡側から競馬場すれすれに飛んで行った。」

 

「女房はいった。

 -離婚なんてしませんからね。あんたが競馬に狂ったぐらいで。」

小説 海炭市叙景 第二章 「夢見る力 」より引用

 

f:id:rinspage:20161006163506j:plain

 

映画「そこのみにて光輝く」では函館競輪場でロケが行われましたが、海炭市叙景「夢見る力」は競輪場のすぐ向かい函館競馬場がモチーフで、競馬場に入り浸り、多額の借金を抱えた男の物語です。競馬について臨場感溢れる場面が多く、彼自身の経験が反映されているように思います。

 

「私には借金したことを黙っているの。生活は苦しかったけど、ウチの人から『生活費』と言ってもらったことはなくて、それは競馬やパチンコ、本代とか自分で使うためのお金だった」

 

上記は 河出書房新社佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家 」より引用した、中澤雄大氏と佐藤泰志の奥様 喜美子さんのやりとりです。奥様は金銭の苦労が絶えず、子育てに追われながら懸命に働いたそうです。また同人誌「ジライヤ第6号 佐藤泰志追悼特集」でも、彼が競馬を楽しんだ様子を知ることができます。佐藤泰志と深い親交のあった福間健二氏の奥様、福間恵子氏が書いた文章からは佐藤泰志の無邪気さや、つきつめる性格、家族への愛を知る事ができます。

 

「好きな馬のことをしゃべりつづける彼は、ほんとうにかわいかった。」

 

「馬の生い立ちや暗い過去や名前のエピソードなどを彼はよく知っていて、それにつよいつよい思い入れをするのだ」 

 

「泰志君の夢は、三頭の馬の馬主になることだったと、喜美子さんから聞いた。

『もう名前まできまってたんだから』と彼女は言った。それはアサミヒメとツナオーとカノコサンだ。

『お父さんだなあ』とわたしは思わず笑った。彼の子供たちの名前なのだ。朝海ちゃんと綱男君と佳乃子ちゃん。」

 

(1991年3月20日「ジライヤ第6号」福間恵子氏著「佐藤泰志と競馬とわたし」より引用)

 

佐藤泰志は決して良き家庭人ではなく、ご家族の苦労は想像を超えるものだったようですが、根底に深い深い家族への思いがあったことを馬の名前のエピソードからも感じます。彼が子供と映っている写真はどれも、暖かい眼差しに溢れています。

 

f:id:rinspage:20161006163547j:plain

 

佐藤泰志の作品を読んでいて、競馬の小説と同名「夢見る力」というエッセイがあることに気付きました。

 

書ければそれでいいというものではないが、書かなければそれでいいということでは決してない(中略)一生に一度、傑作が書ければいいと思うことは、美しい望みだが、たかだかそんなもののために、一生を使うのは馬鹿馬鹿しいことではないか。

(1984年2月22日 北海道新聞 エッセイ「夢見る力」より引用)

 

小説もエッセイも、家庭を持つ男が夢・理想・義務・生活の中で苦悩している様子がひしひしと伝わってきます。佐藤泰志はあえて、同じタイトルをつけたのでしょうね。

 

さきほど紹介した佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家 」でもエッセイ 「夢見る力」 に対する中澤雄大氏の考察が載っています。この本は佐藤泰志の人生について深く掘り下げており、佐藤泰志好きの方は必読です!

ジライヤ第6号も多くの友人が追悼を寄せており、彼の色々な面を知ることができるとても興味深いものですが、かなり以前の同人誌のため現在入手するのは困難のようです。私は2003年頃古本屋をまわって手にいれました。

 

また、写真は全て2004年函館競馬場で撮影しました。競馬場からは中心地とは違った函館山を眺める事ができます。市電「競馬場前」という駅があり、気軽に行けますので、海炭市叙景の世界に浸りたい方、出かけてみてはいかがでしょうか。

f:id:rinspage:20161006173018j:plain

 

そこのみにて光輝く&海炭市叙景 に登場する 墓

明日は佐藤泰志の命日です。今日は、小説にでてくる墓と彼自身が眠る墓について書きます。

 

彼女は海峡にのぞんでいる山の、町全体を俯瞰できる中腹の共同墓地に両親の墓を建てたがっていた。

小説そこのみにて光輝くより引用

 

そこはなだらかな斜面だった。(中略)最も見晴らしのいい場所にガラス張りの管理事務所がある。墓のサイズは背の低いコンパクトなもので、すべて同型だった。(中略)まるで陽をさんさんと浴びたドミノのようだった。

小説「滴る陽のしずくにも」より引用(そこのみにて光輝く の続編)

 

東山墓園 

f:id:rinspage:20161006144807j:plain

 

私は2002年に佐藤泰志を知り、その頃入手した追想集で、彼が函館の東山墓園に眠っている事を知り、その年の12月に墓参りに行きました。実際の墓地は小説の描写と符合しており、上の写真の奥の建物が管理事務所かな?など照合をしながら、彼を偲びました。 

 

墓地から見た函館山

f:id:rinspage:20161006144446j:plain

 

 

海炭市叙景 第一章「ここにある半島」は墓園の管理事務所に勤務する女性が主人公で、春の季節の物語。光の描写がふんだんにでてきます。私が墓参りに訪れた冬は、綺麗な夕日がたくさんの墓を照らしていました( 青字は 「ここにある半島」より引用)

 

春の陽射しが、その丘の隅々にまで行き渡っていた。(中略)そこからは市の街並みが一望のもとに見渡すことができる。

 

町は箱庭のように海上に浮かび、その先端に四百メートル足らずの山が見える。(中略)あの中に一歩入り込めば、どこにでもある地方の都市にすぎない。とりわけ、繁華街は。けれども、街を正反対の方角から眺めるのは少し奇妙だ。裏返しにした感じだ。裏返しになっているのは自分かも知れない。たぶんそうだ。

 

彼は常に人や社会の裏側に光をあてて、魂を削って作品を生み出していました。10月10日は彼の命日で今年は27回忌。死後の世界があるかはわかりませんが、作品が復活をした今、彼の魂がおだやかにこの墓園で眠っている事を願います。

1992年 辻仁成が語った佐藤泰志 & 辻作品も函館が登場します

私は辻仁成のフォトエッセイ「函館物語」をきっかけに2002年函館に行き、そこで佐藤泰志を知りました。辻仁成佐藤泰志と同じ函館西校卒業。中学3年から高校卒業までの4年間を函館で過ごしました。今はパリで、シングルファーザーとして子育てに奮闘していますね。

↓ 八幡坂を登ると二人が通った函館西校

f:id:rinspage:20161006122535j:plain

 

f:id:rinspage:20161006122611j:plain

二人は10歳離れており直接会う事はありませんでしたが、1990年に佐藤泰志が亡くなった後1992年 同人誌「ガギュー」辻仁成が創刊し佐藤泰志特集を組んでいます。この中の福間健二氏との対談で辻仁成が語った事が、とても興味深いのでご紹介します。(青字はガギューから引用)

 

こんな作家、今までにいなかった(中略)「そこのみにて光輝く」や「大きなハードルと小さなハードル」を読んだ時のこの作家が、この地方都市に、こだわったというすごさにね。僕が書いていることなんて、この人が歩いていることの一歩にも、及ばないんだろうな

 

(前略)佐藤さんの小説を読むと、僕よりもずっと、もっとぎりぎりに死を見つめ物を書いている人がいたんだと。

 

佐藤泰志の作品に衝撃を受け、彼の人生にも興味を持った事を熱く語っています。1997年辻仁成は海峡の光で芥川賞を受賞しますが、受賞のはるか前、このガギューで賞について触れています。

 

 (前略)日本の場合 (中略)賞をとって何か印籠を渡されるような、何かそういうシステムがあるように思う

 

その大きな犠牲を彼は魂を削りながら、たぶん気づきながらもその悲劇の中へ入り、近づいていったような所があったと思う

 

賞に関しては二人全く違う結果となりましたが、それぞれ独自の視点から函館を見つめている事が、二人の作品を読んでいると感じられます。函館に興味を持った方、辻仁成の作品も読んで見てはいかがでしょうか。

*******************************************

ここからは辻仁成の函館関連作の感想。

かなり前2002年~2003年に読みました。

★は私の主観でつけたお勧め度です。

 

 <書籍>

 

函館物語 ★★★★★

筆者独自の視点から、写真と文章で函館の街を綴ったエッセイ集。私を 函館へと導いた重要な一冊。

 

海峡の光 ★★★★★

青函連絡船・函館少年刑務所を舞台にした芥川賞受賞作。函館の影を舞台に、人間の邪悪な心を見事に描いている。

 

愛をください ★★★★★

李理香と基次郎、二人が交した手紙で構成された小説。基次郎は函館ロープウェイの運転手という設定。四季折々の函館を存分に描いた作品。2000年にドラマ化。

 

クラウディ ★★★★

1976年に函館空港で起こった「ベレンコ中尉亡命事件」がテーマの小説。筆者の実体験がモチーフで、函館西高が登場する。(辻仁成ベレンコに会いに行ったフォトエッセイ「世界は幻なんかじゃない」もセットで読むとより楽しめる)

 

ニュートンの林檎 ★★★

「冒険」がテーマの小説で、函館の谷地頭が舞台の一つとして登場。上下巻に及ぶ長編だが、スピード感に溢れ早く先を読みたくなった。

 

母なる凪と父なる時化 ★★★

様々な想いを抱えた少年達の青春が、函館の海や密漁を交えて描かれた小説。穴間海岸が舞台。

 

錆びた世界のガイドブック ★★

筆者が撮影した「錆びた世界」を集めた写真+短編集。函館の写真も数点掲載。

 

<ビデオ 映画>

疾走する狙撃手

1993年 VHSビデオ。コンサートの模様や、函館ロケでの詩の朗読・独白等。

 

ほとけ

2001年武田真治主演の映画。人の残酷さから愛をあぶりだす神秘的な物語。架空の街臥牛市が舞台。函館ロケで、大森浜・穴間海岸等、寂れた部分をうまく使っている。

 ***********************************************