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Rin'sPage 函館&佐藤泰志

2002年佐藤泰志を知るも本が絶版で、2005年まで函館に通い佐藤泰志探求をした*りん* (東京在住)のブログ。更新情報はツイッター @rinspage1 にUPします。

函館のイカ②&佐藤泰志のエッセイ「函館の朝一」

函館観光 写真 佐藤泰志 オーバーフェンス

 

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立待岬のフェンス

 

函館のイカ①&佐藤泰志 イカ釣りをしていた少年時代 - Rin'sPage 函館&佐藤泰志

①↑ では佐藤泰志が少年時代、イカ釣をしていたエッセイを紹介しましたが、1982年「北海道・旅のメモ」のエッセイ「函館の朝一」にもイカについて記載があります。(青字は「函館の朝一」から引用)

 

そのつど朝一に彼らを案内し、シュンの食べものを買いこんでは、「函館では、ばさばさ大雑把に食べるんです」などといってイカ刺しやらホッキ貝の刺身やらツブ貝やら毛蟹をがつがつと食べたものである。憂い顔や必要以上の自意識や上品な物の食べ方は朝一には似あわない。

 

彼は32歳の頃、東京から故郷函館に戻り、職業訓練校にて大工になるための訓練をしています。この体験が小説「オーバーフェンス」のモチーフとなり、映画ではポリテクセンター函館でロケが行われました。エッセイは彼が函館にいる時期に書いたもので、友人が訪ねてくると、朝一を案内し、活き活きと食べ方指南をした様子が伝わってきます。

 

(前略 ) 私などは、うんうん働いて汗を流し気持ちよく腹をすかす人々のところに、本当にうまいものがあると信じているほうだから、朝一などで季節の新鮮な食料を買ってきてわさわさと食うのが実にいい気持ちだ。

 

彼の父は朝一で30年もの長い間 畳一畳分ほどの地べたでの商い を続けており、父や朝一で働く人々や、おおらかな函館なまりで話す人々を彼は  生活を耕す と表現しています。彼の作品からは懸命に地べたで働く人々への尊敬の念を、私はいつも感じます。他のエッセイからも彼の類い稀な感受性・人間観察眼を感じる事ができます。

 

①②で紹介したエッセイはクレイン社「佐藤泰志作品集」で読めます。この本はかなり分厚く、多くのエッセイ含む作品を収録しています。佐藤泰志を深く知りたい方、この本ぜひお勧めです!

 

では①に続き、街のイカをご紹介します。(2003年-2005年撮影)

 

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谷地頭町のマンホール

 

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 入船町の看板  地元の人は「イガ」と発音するそうです

 

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郵便局員

 

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俳句募集 

 

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大森町ホテルのネオン

 

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ふれあいイカ広場①

 

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ふれあいイカ広場②

 

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ポイ捨て禁止

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海岸

 

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亀田川

 

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鮫川

 

 

 

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朝一

 

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函館駅のホールの名もイカ

 

撮影して10年以上たった今は、新しいイカが増えているでしょうね。イカ料理以外にも、散歩でイカを発見する楽しみ方、ぜひお勧めです!

 

函館のイカ①&佐藤泰志 イカ釣りをしていた少年時代

オーバーフェンス 佐藤泰志 写真 函館観光

映画オーバーフェンスでは、主人公:白岩が自転車で函館の海沿い走るシーンが何度もでてきます。佐藤泰志のエッセイには、函館湾で両親が乗る船を見つめながらイカ釣りをした少年時代や、両親の職業に誇りを持っている事が載っています。

「両親は戦後からずっと真夜中の連絡船で青森へ行き、闇米を何俵もかつぎ朝の連絡船でトンボ返りし、朝一で売りさばいて生活の糧としてきた。」

「少年時の僕の愉しみといえば、函館湾の岸壁で小さな毛ガニをイカの足で釣ることで、随分熱中したものだ。2,3時間でバケツ一杯の収穫があったが、そんな時連絡船が湾に入って来るのを見掛けると、胸がある種の軋みを伴って弾んだものだ。(中略)確実にその船に両親が乗っていること、海を隔てて彼らと僕が間違いなく一本の線でつながっている(後略)」

(青地は全て、1988年3月10日 中國新聞青函連絡船のこと」より引用)

 

追想集「きみの鳥はうたえる」の中でも、小学校の同級生が、中央埠頭に一緒に行った事を綴っています。この追想集には多くの同級生が思い出を寄せており、彼は中一の時すでに、作家になると決心していた事がうかがえます。クラスメイトが自分なりに推敲を重ねた詩を彼に見せたところ「くどい。もっと整理できる」と冷静に感想を述べたそうです。

http://rinspage.hatenablog.com/entry/2016/09/30/112138

以前のブログ ↑佐藤泰志少年の読書感想が凄い

でも記載しましたが、少年時代から端的な文へのこだわりや、研ぎ澄まされた感性は、存在していたのですね。

 

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エッセイにもある通り、函館はイカの街。街のあらゆる所にイカの絵やモニュメントがあります。2003年-2005年 街歩きで発見したイカをご紹介。過去こんなのあったんだーと楽しんで頂けると嬉しいです

数が多いので①②にわけます。まずは①交通系

 

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函館駅前 市電の看板

 

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市電路線図 「イカす王国」というネーミングが・・・

 

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2005年市電初詣号ポスター 獅子舞姿のイカ 

 

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市電函館新聞号 イカがほうきで空飛んでます

  

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交通安全の旗  近郊の街でたこバージョンも見かけました

 

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大森町 歩道橋の下の工事標識

 

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朝一駐車場にて

 

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漁火通

 

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空港近く歩行者道

 

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湯の川にて

 

これでもかとイカを盛り込んでいて、街のイカへの意気込みを感じます。

②は後日upします。

海炭市叙景を読み、函館山ハイキングに行った

ディープ函館 佐藤泰志 函館観光 海炭市叙景

 

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千畳敷見晴所からロープウェイ頂上駅を眺める

 

佐藤泰志の小説:海炭市叙景に山に触れた文があります。

つつじ山からの夕日 (ここからネタバレ含 未読の方は注意)

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  「俺は遊歩道のほうから歩いておりる、近道だし、たったこれだけの高さだ、それに子供の頃から昼の山は歩きなれている」

「心配するな、一時間かそこらあれば、ふもとで会える」

(第一章 「まだ若い廃墟」より引用)

山頂から帰る際、兄は妹へこう伝え、これが二人の最後の会話となりました。 

海炭市叙景函館山という名は出てきませんが、この物語は函館をモデルとした地方都市が舞台です。佐藤泰志も少年時代、登山したのかと思うと、自分の足で登ってみたくなり 2003年5月10日 函館山ハイキングへ行きました。私が佐藤泰志の作品と出会った直後の事のため、かなり古い体験記です。

 

登山方法
ロープウェイ乗場近くの護国神社裏を登ると「函館山ふれあいセンター」があり、ここが登山道入口。ハイキングコースや野鳥・植物のプリントを貰いました。

函館山=複数の山(観音山・つつじ山・牛の瀬山 等)の総称。ロープウェイ頂上駅があるのは「御殿山」

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ふれあいセンターから出発

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「いこいの広場」たんぽぽが綺麗でした

 

通ったコースは下記で約6キロの道のり。

宮の森コース→碧血碑→七曲りコース→地蔵山コース→千畳敷見晴所→ 千畳敷コース→つつじ山・入江山→ロープウェイ頂上駅

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碧血碑 

箱館戦争旧幕府軍の犠牲者を祀っており独特な空気

 

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七曲りコース うっそうと木々が茂る道を進みます

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先日↓ 「ディープ函館 臥牛山=函館山は かつて軍事要塞でした」

http://rinspage.hatenablog.com/entry/2016/09/30/002943

で記載しましたが、この山は長い間、一般人の立入が規制されていたため、貴重な植物が今も残っているそうです

↓くるんくるん のこの植物をよく見かけました。

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14:30にふれあいセンターを出発し景色を眺め写真撮影をし、頂上駅へ18時位到着。 夜景を堪能しロープウェイで帰りました。見たことのない景色に出会えたり、臥牛山=牛がねそべったような山の地形を実感できたり、非常に有意義な体験でした。

 

私はゆっくり登りましたが、コースによっては短時間で気軽に登れます。函館リピーターの方、ガイドブックにない経験をしたい方、佐藤泰志の小説世界を体感したい方、ハイキングお勧めです!

 

途中自販機をあまり見かけなかったので飲み物持参は大事です。古い体験談のため、お出かけの際ご自身で最新情報ご確認くださいませ。

 

佐藤泰志少年の読書感想が凄い&函館で鮭の遡上を見た

オーバーフェンス 海炭市叙景 佐藤泰志 ディープ函館 そこのみにて光輝く

1965年、佐藤泰志が中学生時代に書いた読書感想文「赤蛙」を読んでが、追想集「きみの鳥はうたえる」に掲載されています。少年らしく混乱している様子も書いてありますが、あまりに深い人生への考察と中学生とは思えぬ文体に、私は驚愕しました。文学に興味のない夫も「天才だ」と感嘆の声をあげた程です。今日はこの読書感想文についてご紹介します。

青文字は全て「赤蛙」を読んでから引用

 

●赤蛙は、急な流れに何度も飛びこんで、ついに死んだ。

●赤蛙が、何度も流れに飛びこんでいくのをみて、「私」は「馬鹿な奴だ」と言っている。ぼくも同感であった。

●「馬鹿な奴」が、そっくり、ぼくたち大半の人間、あるいは社会といったものに、あてはまるように思われてならなかった。

 

映画オーバーフェンスでも、白岩は戸惑いながらも聡と向き合う事に、飛びこんでいきます。「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」映画三部作は全て、馬鹿に見えようとも懸命に生きる人々にスポットをあてていて、他の小説もこの姿勢は一貫しています。私は、この一貫した姿勢が彼の作品の魅力だと思っています。

 

●赤蛙は多難な道に自らをつっこんで死んだ。だがその死は決して馬鹿げてはいない。

 

彼はこの後、2つの考えを書いています↓

 

●一つ目の考えは、このようにりっぱに死ぬことが、りっぱに生きる、ということにつながっていること、そして、赤蛙が大きな社会や自分の人生に、自分からいどんでいったのだ、ということである。

●二つ目の考えは、赤蛙がせっかくわたろうとする道を、社会といったものに、さえぎられるような場合もあるということである。/中略/   病気でからだを休めようと思う者には、まったく冷たい社会であるとか、とにかくそういう場合だ。

 

そして最後の方でこう書いています↓

 

●赤蛙は死んだが、そのために生まれ変わったものがいる。「私」である。そして、ぼくをはじめこの小説の読者たちだ。

 

小説には人の心を動かす力があるという事を綴っています。私は2002年佐藤泰志を知り、小説を読み、多くの事を学びました。小説の復刊、映画化と佐藤泰志が復活した今、中学生の彼が述べた通り、彼の作品が多くの人の心を動かしていますね。

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私はこの読書感想文を読んで、2004年10月に函館で鮭の遡上を見た事を思い返しました。

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函館駅から車で20分程の汐泊川へ地元の方と行きました。この川で生まれた鮭が4年程海を旅した後、 産卵のために川に戻り、受精・産卵を終えた後、死んでしまいます。

写真の鮭の赤い縞模様は求愛のための婚姻色で、受精・産卵時に近づくと色付きます。川に帰ってきた鮭を「ほっちゃれ」と呼び、脂が落ちて味は不味いそうです。

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川の流れに逆らって、傷つきながら一心不乱に上っていました。懸命に生きているのは人間だけではないですね。

12年前の体験ですが、今も遡上するんでしょうか。佐藤作品を読んでいると、またあの光景を見たいな、なんて思います。

ディープ函館 臥牛山=函館山は軍事要塞でした

ディープ函館 佐藤泰志 写真 辻仁成 海炭市叙景

函館山は牛が寝ているように見えるため臥牛山(がぎゅうざん)とも呼ばれています。

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函館出身の作家 辻仁成は1992年 「ガギュー佐藤泰志特集を創刊し「佐藤泰志さんの残した文学的功績が、地方都市函館に蒔いた種の一つである」(創刊にあたって から引用)と綴っています。没後長く絶版だった作品が復刊され、映画函館三部作へ繋がった今、種が見事に花開きましたね!

 

http://rinspage.hatenablog.com/entry/2016/09/28/132142

先日は夜景定点観測をUPしましたが↑今回はディープな函館山をご紹介。

小説 海炭市叙景 には山の裏の描写が多くでてきます。(石切り場があった事や、船隠れと呼ばれる崖がある事 など)

「青年は崖からすべり落ち、かろうじて途中で止まった」

「夏、マムシに噛まれる少年は年に一人か二人いた」

第一章 青い空の下の海 から引用

 

函館山は気軽に登山できる低い山ですが、裏側は危険。

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千畳敷から津軽海峡を望む

 

この裏は断崖絶壁。夏はマムシが出ます。山の裏に寒川という集落がありました。

寒川は「ディープ函館 そこのみにて光輝くロケ地 穴間海岸 」参照下さい↓

http://rinspage.hatenablog.com/entry/2016/09/29/084016

 

かつてここは軍事要塞で一般人の立入は禁止されていました。多くの痕跡が残っており、2003年に訪れた時は、写真をとる事が可能でしたが、今は立入禁止になっている所もあるようです。

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佐藤泰志が多くの作品のモチーフとした函館山は、歴史的にも奥深い山です。後日函館山ハイキングした時の事をUPします!

 

↓ 追記:10/2 ハイキングの記録 UPしました

rinspage.hatenablog.com

 

 

 

 

ディープ函館 そこのみにて光輝くロケ地 穴間海岸

ロケ地 佐藤泰志 函館観光 写真 ディープ函館 辻仁成 そこのみにて光輝く

そこのみにて光輝くで千夏が海を眺めるシーンは穴間海岸で撮影されました。

小説海炭市叙景には

「山の向こうの海水浴場。夏。岩。」第一章「一滴のあこがれ」より引用

と、この海岸を想像させる文があります。

外国人墓地までは観光地ですが、その先の穴間はほとんど人がおらず静か。

2004年に撮影した写真を元にご紹介します。

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2004年当時は廃墟やペンギンズバレーというカフェがありました。

夕日の頃 カフェに行ったらカップルが結構きてました。

カフェはもうCLOSEして建物も今あるか不明です。

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佐藤泰志と同じ函館西高卒の作家 辻仁成の作品にも穴間海岸は登場します。映画「ほとけ」のロケ地で、小説「母なる凪と父なる時化」の舞台。

密漁禁止の看板があり監視員が見張っているのも目にしました。

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ここから立入禁止。この先には洞窟があります。

もっと先、函館山の裏にはかつて寒川という集落がありました。

洞窟に吊り橋をかけ、命がけで渡っている写真を函館の図書館で見ました。昭和初期は60人程の集落でその後廃村。今は行く方法はありませんが「寒川 函館」で検索すると探検した方のブログがHITします。辿り着くには、かなり険しい道のりのようです。

 

穴間海岸は夕日が綺麗で、この裏側はどうなってるんだろう?と探求心をくすぐられる場所です。外国人墓地まで行ったら、ぜひ足を延ばしてみてください!

海炭市叙景ロケ地 函館山夜景 定点観測

ロケ地 佐藤泰志 写真 函館観光 海炭市叙景

海炭市叙景は私が最初に読んだ佐藤泰志作品です。

「待った。ただひたすら兄の下山を待ち続けた」(第一章まだ若い廃墟 より引用)から物語が始まり、研ぎ澄まされた文体に一気に引き込まれました。大晦日に兄妹が山頂から、街と日の出を眺める様子が、美しい文章で描かれています。

 

小説を読んで、時間によって変わる街の様子を眺めたくなり、

2004年4月29日 18時から19時 山頂で定点観測をしました。

8枚の写真を掲載します。

山頂は風が強く寒かったため、かじかむ手で三脚を握って撮影。18時半頃から展望台は人で一杯になり、三脚を固定するのが大変で、少しづつ位置がずれてます。

①↓ 18:00

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②↓ 18:36

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③↓ 18:42

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④↓ 18:48

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⑤↓ 18:54

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⑥↓ 18:58

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⑦↓ 19:02

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⑧↓ 19:02

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日の入時刻が過ぎると、だんだん街に灯りがともり、空の色・海の色が刻々と表情を変えました。12年前の事ですが懐かしく思う貴重な体験です。

函館山は「夜景」だけでなく、天気のいい日の昼も、遠くの山脈や海の波の動きが見えてお勧めです!