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Rin'sPage 函館&佐藤泰志

2002年佐藤泰志を知るも本が絶版で、2005年まで函館に通い佐藤泰志探求をした*りん* (東京在住)のブログ。更新情報はツイッター @rinspage1 にUPします。

「夢見る力」 佐藤泰志と競馬 家族への思い

今日は、小説とエッセイふたつ同じタイトルの「夢見る力」のことや、佐藤泰志と競馬について書きます。

 

「今、競馬は首都でおこなわれているのだ。そのあいだ海炭市の競馬場は、場外馬券売場になる。(中略)さっき首都からきた飛行機が、海峡側から競馬場すれすれに飛んで行った。」

 

「女房はいった。

 -離婚なんてしませんからね。あんたが競馬に狂ったぐらいで。」

小説 海炭市叙景 第二章 「夢見る力 」より引用

 

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映画「そこのみにて光輝く」では函館競輪場でロケが行われましたが、海炭市叙景「夢見る力」は競輪場のすぐ向かい函館競馬場がモチーフで、競馬場に入り浸り、多額の借金を抱えた男の物語です。競馬について臨場感溢れる場面が多く、彼自身の経験が反映されているように思います。

 

「私には借金したことを黙っているの。生活は苦しかったけど、ウチの人から『生活費』と言ってもらったことはなくて、それは競馬やパチンコ、本代とか自分で使うためのお金だった」

 

上記は 河出書房新社佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家 」より引用した、中澤雄大氏と佐藤泰志の奥様 喜美子さんのやりとりです。奥様は金銭の苦労が絶えず、子育てに追われながら懸命に働いたそうです。また同人誌「ジライヤ第6号 佐藤泰志追悼特集」でも、彼が競馬を楽しんだ様子を知ることができます。佐藤泰志と深い親交のあった福間健二氏の奥様、福間恵子氏が書いた文章からは佐藤泰志の無邪気さや、つきつめる性格、家族への愛を知る事ができます。

 

「好きな馬のことをしゃべりつづける彼は、ほんとうにかわいかった。」

 

「馬の生い立ちや暗い過去や名前のエピソードなどを彼はよく知っていて、それにつよいつよい思い入れをするのだ」 

 

「泰志君の夢は、三頭の馬の馬主になることだったと、喜美子さんから聞いた。

『もう名前まできまってたんだから』と彼女は言った。それはアサミヒメとツナオーとカノコサンだ。

『お父さんだなあ』とわたしは思わず笑った。彼の子供たちの名前なのだ。朝海ちゃんと綱男君と佳乃子ちゃん。」

 

(1991年3月20日「ジライヤ第6号」福間恵子氏著「佐藤泰志と競馬とわたし」より引用)

 

佐藤泰志は決して良き家庭人ではなく、ご家族の苦労は想像を超えるものだったようですが、根底に深い深い家族への思いがあったことを馬の名前のエピソードからも感じます。彼が子供と映っている写真はどれも、暖かい眼差しに溢れています。

 

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佐藤泰志の作品を読んでいて、競馬の小説と同名「夢見る力」というエッセイがあることに気付きました。

 

書ければそれでいいというものではないが、書かなければそれでいいということでは決してない(中略)一生に一度、傑作が書ければいいと思うことは、美しい望みだが、たかだかそんなもののために、一生を使うのは馬鹿馬鹿しいことではないか。

(1984年2月22日 北海道新聞 エッセイ「夢見る力」より引用)

 

小説もエッセイも、家庭を持つ男が夢・理想・義務・生活の中で苦悩している様子がひしひしと伝わってきます。佐藤泰志はあえて、同じタイトルをつけたのでしょうね。

 

さきほど紹介した佐藤泰志 生の輝きを求めつづけた作家 」でもエッセイ 「夢見る力」 に対する中澤雄大氏の考察が載っています。この本は佐藤泰志の人生について深く掘り下げており、佐藤泰志好きの方は必読です!

ジライヤ第6号も多くの友人が追悼を寄せており、彼の色々な面を知ることができるとても興味深いものですが、かなり以前の同人誌のため現在入手するのは困難のようです。私は2003年頃古本屋をまわって手にいれました。

 

また、写真は全て2004年函館競馬場で撮影しました。競馬場からは中心地とは違った函館山を眺める事ができます。市電「競馬場前」という駅があり、気軽に行けますので、海炭市叙景の世界に浸りたい方、出かけてみてはいかがでしょうか。

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